平成28年度 会長あいさつ
GEOASIA研究会は,2006年8月に任意団体として誕生以来,今年8月でちょうど満10歳になります.このBulletinも,だから今年で第10号ですが,この機会に,ここではもう少し古くまで振り返りながら,GEOASIA研究会発足10周年のご挨拶を述べたいと思います.少し長くなってもご容赦ください.
地盤解析技術GEOASIAの基本の骨格は,まだ学生であった野田利弘教授が,博士課程3年次にまとめた学位論文「限界状態近傍における粘土の弾塑性挙動と,水~土骨格連成有限変形解析に関する研究」に,そのすべてが書かれています.1994年3月のことです.この論文で彼は,増分型弾塑性構成式(カムクレイモデル)を,ダルシー則による体積変化の拘束条件のもとで(水~土骨格連成),有効応力原理を通じて増分型の力のつり合い式に代入し,正規圧密粘土のあらゆる不静定問題を,変形から破壊,そして破壊後の挙動まで,淀みなくすべてを解き尽くしました.材料非線形と幾何的非線形の融合解析の成果です.そして引き続き同年1994年中には,下負荷面を導入して過圧密粘土の挙動までもが,すべて解き尽くされてしまいます.だからこのままであれば名大地盤研は,きっと少しは油断も出て,しばらく停滞していたかもしれません.
ところが1995年1月17日,兵庫県南部地震が阪神淡路を襲います.直下型大地震による大都市の大災害を目の当たりにし,我々は呆然と立ち尽くしたまま,それまでの自分たちの土質力学がいかに無力であるか実感します.「地震に対して,何とまあ役に立たないことか」,言いようのない敗北感さえ漂いました.しかし「このままでは終わらせない」という若い気力が,それ以後の名大地盤力学研究をもう一度新しく支えなおしたと,浅岡は個人的にですが,そう思っています. 1997年末の上負荷面概念以来,研究室の全員に砂と粘土の違いがかなり明瞭に見えてくるようになってからは,野田助教授(当時)の働きで力のつり合い式が運動方程式にとって代わられるようにもなり,こうしてようやく名大地盤研は,面舵を一杯に切って太平洋の荒波に船出し,動的問題に勇躍乗り出すことになりました.「中間土からなる人工島・護岸構造物の耐震性評価-液状化・ゆすりこみ変形抑止の地盤強化技術-」で国交省から5000万円の競争的資金を得たのは2005年,阪神淡路大震災から実に10年後のことでした.この翌年にGEOASIA研究会が発足します.上記の太字で記した言葉はすべて,GEOASIAの名前の由来,“ALL SOILS All ROUND All STATES GEO-ANALYSIS INTEGRATION”に結実していったものです.
その後のことはGEOASIA研究会Bulletin全10号に,詳しくまとめられています.それらを見ると,阪神淡路から2005年までの10年をはるかに凌駕するほどの研究が,GEOASIA研究会発足以来,今年までの10年に積み上げられてきたのがよくわかります.たとえば
①空気~水~土骨格三相系解析による不飽和土・不飽和地盤の解析の進展,
②「複合負荷面」による弾塑性構成式の精緻化,
③Full formulationによる連成解析そのものの適用域の拡大,
④表面波の2,3次元計算と長周期・長時間強震動の再現,
⑤表層地盤非線形応答時の強震記録の逆解析と入力地震動の推定,
⑥ウェルレジスタンスが考慮できるマクロエレメント法の開発,
⑦土構造物などのモーダルアナリシスによる耐震診断,
などと並びすべてこの2~3年以内の研究成果ですが,これらはどの一つも10年前にはおよそ思いも及ばなかったテーマ/内容です.研究成果の一つ一つが確実であるからこそ,それが踏み台として立派に機能し,次の研究を生む,このような良い循環がすでに10年以上も持続しているのです.なお上記の不飽和地盤の三相系解析技術は,昨年ですが,1番目の水~土二相系の特許と合わせGEOASIA研究会を支える2番目の特許技術になりました.新東名の泥岩による直高90mにも及ぶ沢埋盛土が,スレーキングによる劣化進行のために,地震時にどのような挙動を示すのか,このような問題なども,不飽和の河川/海岸堤防の問題と並んで,この新しい武器によって解決に向かうことが期待されています.
阪神淡路以来,日本は確実に活発な地震活動期に入ったと言われています.その中で,「21世紀の日本は大地大変動の9世紀の日本によく似る」と言う地震・火山学者も多くいます.869年の貞観津波地震を2011年の東北地方太平洋沖地震に重ねると,2020年東京オリンピックの年には878年の相模武蔵地震(首都直下地震)が起こっていて,2029年には887年の仁和地震(南海トラフ3連動巨大地震)が起こっています.9世紀日本とのこのような形式的対比は措くとしても,「南海地震による隆起と沈降の規則性」などから,南海トラフ地震の2030年代説は,なお根強いものがあります.しかも100年~150年周期の南海トラフ地震の再来ではなく,887年仁和地震(M9),1361年正平地震(M8.5),1707年宝永地震(M8.6)という3~400年周期の巨大連動地震こそが,つぎに来る21世紀の連動地震だという恐ろしい予測さえあります.南海トラフ連動地震による「西日本大震災」は,もはや避けて通ることはできないというものです.
被災した市民が一番はじめに思うことは,「私の街に何故このような液状化が起こったのか?」という素朴な科学的疑問です.自己の被った不幸な災害を,仕方ないにせよ,何かのせいにするにせよ,まずは受け入れて納得する原点は,起こった現象の科学的理解にあります(Bulletin 第5号から).このような疑問に,科学/力学の言葉で正しく答えるのでなければ,浦安の市民はまるで納得しないと考えたのです.来るべき「西日本大震災」でも,それまで見たこともない現象がきっと数多く現れてくることでしょう.防災の原点はハードにあると考える一人として,土木構造物による防災技術の向上にGEOASIA研究会の活動が大きく寄与してほしいと願っています.そして合わせて,被災市民のこのような「科学要求」に応えるうえでも,GEOASIA研究会が大きな役割を果たしてほしいと,心から願っています.
研究会は,地盤解析技術GEOASIAの普及の上でも,GEOASIA Masterなどの人材育成の上でも,まだまだ多くの困難や課題を抱えています.会員の皆様の変わらぬご支援をお願いして,10周年のご挨拶といたします.
平成28年8月
(公財)地震予知総合研究振興会副首席主任研究員 名古屋大学名誉教授
一般社団法人GEOASIA研究会
会長 浅岡 顕