令和5年度 会長あいさつ

2008年~2010年当時の浅岡会長

 このメッセージを書いている今日は7月25日だが,先々月5月に地盤工学会の会誌編集委員長(東京都市大学伊藤教授)から「地盤工学会 歴代会長に聞く」のシリーズを立ち上げたから浅岡さんもどうぞと,執筆依頼があった.浅岡は2008年5月から2010年5月まで2年間第30代会長を務め,学会の公益法人化などには重大責任があるから,この依頼は断ることは出来なかった.浅岡以前には石原,太田,龍岡の3人の元会長が執筆され,浅岡の後には日下部先生から古関現会長まで,計11人が執筆予定と聞いている.執筆内容は厳密なフォーマットが決められていて,とても書きづらいが,一番困っているのは第5章の「地盤工学会の将来について」で,そこでは
・地盤工学は将来どこに向かってゆくべきか?
・知識や技術の伝承
・若手研究者,技術者へのアドバイス
等を書くよう指示がある.
 歴代会長に書けることは,会長の時に学会で何をしたかくらいのことで,地盤工学(会)の将来などは,歴代会長だから書けるといったものではない.しかしこれをきっかけに,この2,3日考え込んでいることを,まことに支離滅裂になること必定だが,この場を借りてメモ書き風に書き散らしてみたい.
御前崎・浜岡地域の背後から海側に掛けて,固結した砂岩泥岩互層の中に,50~150mのほぼ等間隔で十数本,奇麗な正断層群が並んでいることが知られている.そしてこの正断層群が,第四紀それも後期更新世の約12~13万年前以降に活動していないことの証明が求められている.
 この固結岩盤層は,第四紀どころか,新生代新第三紀の後半(前期鮮新世,約500~400万年前ごろ)の堆積層が,数百万年ほどかけて,続成作用により固結が進んできているものである.ここに形成された正断層群については地質学的に調査が進められているが,近々約1万年以降現在までの完新世での地震由来の活断層などでないことは,地質学者の間ですでに広く認められている.ではこの正断層群がいつ頃どのような力学的背景のもとで,どのように形成されたのか? ジオアジア研究会の中部電力 山田英司氏が,名大 野田利弘教授の指導の下で,この難題に挑み,自慢話めいて恐縮だが,素晴らしい成果を上げている.
 この固結層は,長い固結の進行過程で,①「土骨格の構造の変化」にまつわる物性を変化させながら,しかも②「傾斜を深めながらの地盤隆起」を経験している.山田英司氏は試行錯誤の数値解析を進める中で,固結途上の,ある「骨格構造の発展段階」の時点で,ちょうど地盤隆起が「8~9°の傾斜を伴った時」に,この正断層群が現れることを示した.複数の断層面がほぼ等間隔で平行に分布し,断層間ブロックが後方回転するドミノ型の形態的特徴は,浜岡の実際の正断層群とぴったり一致している.「これしかない!」の典型である.そしてこれが骨格構造のある発達段階の時に生じ それ以前なら地層は柔らかくて下流に流されてしまい,それ以降のもっと固結が進んだ段階では,断層などの滑り破壊は生じえない,というものである.図面などで説明できないのがなんとももどかしい.
さて,今の説明で出てきた,第四紀,第三紀,そして固結作用,続成作用とは何か?
人は愚かなもので,眼前の現象に名前を付ければ,それでもう分かったつもりになりがちである.地盤工学会関東支部で「液状化に係る被害のメカニズムと名称を考える委員会(吉田望委員長)」が発足しているようだが,健闘を期待したい.名前がつけられてはいたものの,意味内容が日本人研究者にはよく理解できず,英語のまま長く放置されていた事例があることも知っておいたほうがよい.「スレーキング」,「アイソタック」,「サイクリック モビリティ」などなど.意味内容/メカニズムがよく分からないまま,日本語だからと容易(たやす)くつけた名前もある.「再液状化」などはその典型だろう.
 第四紀については,沖積層・洪積層を知らねばならないが,洪積層などは,250~260万年前からの堆積層で,固結のまだまだごく初期の段階にある.N値が大きく,液状化したことがない,くらいしか知られておらず,現地盤の応力状態はもちろん,力学的性質などもまだほとんど調べられていないと思う.日本の土質力学は「軟弱地盤(沖積層)」の力学であって,決して第四紀の力学とさえ言えない段階にある.何故か? 日本でこそ第四紀の地層は広く分布しているが,地質学と土質力学の進歩を担ってきた欧米では,この時期長く氷河におおわれていたため,もともと第四紀の地層は少ないのだから興味も乏しかったのだろう,などと言ったら言い過ぎか?
 さて話を元に戻す.日本の地盤工学はどこに向かってゆくべきか?
地震による地盤被害の様々なことはその通りで,「軟弱地盤の力学」としてもまだ中途半端な段階にあるのはその通りであろう.名前を考えたり,また付け直したりするくらいで済む話でないのはよく理解できる.しかしその一方で,軟弱地盤の力学を脱皮してゆく活動も,今とても大事なのではないか.
名大地盤研は,1997,8年に「乱さない粘土」と「練り返し粘土」を区別するのに骨格構造概念を創造し,砂と粘土の違いを述べるのに「過圧密の解消速度と骨格構造の破壊ないし劣化速度」を取り上げてきた.「骨格構造概念と過圧密概念」はそれまでのカムクレイモデルを著しく深化させ,運動方程式の積分による地盤解析は,地震時の地盤応答も含め,ほとんどすべての問題(不飽和土を含む)を解いてきてしまった.しかし今ここにきて,我々は堆積土の続成作用と固結作用が「骨格構造の進展」と深くかかわりあうことを見せつけられている.未固結~中途半端な固結~固結の過程は,日本語や英語でなく,弾塑性力学の言葉でどう表せばよいのか?
 ここでは触れないが,シールドトンネルが沖積地盤で華やかな成功を収めてきたものの,その後洪積地盤を対象にしはじめてから,四苦八苦が続いているらしいことも耳にしたりする.未固結~中途半端な固結は,これからの弾塑性土質力学の重要な研究対象かもしれないと,この2,3日考えたりしていた.

(公財)地震予知総合研究振興会副首席主任研究員
名古屋大学名誉教授 浅岡 顕