平成27年度 会長あいさつ

今年度地盤工学会誌10月号では特集「地盤地震応答解析の最前線」が組まれていて,そこには,野田利弘教授以下,我々会員自身が執筆したGEOASIAの紹介記事が載ります.地盤解析コードGEOASIAは,一般社団法人GEOASIA研究会の発足による普及活動が始まってからでも既に9年が経過し,GEOASIAの名前だけは産官学のそれぞれの分野で,比較的よく知られるようになってきました.だからこそこの特集号にも原稿依頼が来たのでしょう.もちろんGEOASIAの成果については,幾度かの学会賞の受賞と文部科学大臣表彰とを通じて,「弾塑性力学に基づく地盤の静的・動的応答解明の体系的研究」としてすでに認められてはいました.成果や技術のこのような認証は,普及に大変役に立ち,有難いことです.しかし開発者の側から「公的」に地盤解析コードGEOASIAを紹介する機会を得ることは,それほど多くはありません.10月号の記事は分かりやすく的確なので,いくつかを部分的に紹介させて下さい.

「従前の地盤解析コードは,地盤に何が起きるかをあらかじめ決めてから用いる,いわば専用解析コードであり,同一地盤を対象にする場合であっても,工学的課題に応じて,入力する土質物性と解析コードを使い分けてきた.… 砂と粘土の互層地盤を対象にする場合では,地盤の圧密挙動には砂を弾性体として静的な粘土の圧密専用コードを用い,地震時挙動には粘土を弾性体として砂の液状化専用コードを用いるなどである。」…「このような「刹那的」対応を排除して,新しい地盤力学を構築するため,地盤の土質定数と初期状態を最初に与えさえすれば,あとは外力形態に応じて地盤に一体何が起きるのかを教えてくれる解析コードの開発を目指してきた.」そのために「砂と粘土とその間に稠密に存在する中間土などの広範な力学挙動を一つの理論的枠組みの中で記述する(ALL SOILS)弾塑性構成式(SYS Cam-clay model)を提案し,…中略… 有限変形理論に基づいて変形と破壊の問題を区別することなく(ALL STATES),しかも慣性力対応とすることで静的と動的を同列で扱える(ALL ROUND)解析コードGEOASIAを開発してきた.」そして今では,「解析対象を飽和土に限定(することなく)…中略… 不飽和土も飽和土と切れ目なく扱えるように空気~水~土骨格連成解析(三相系解析)コードへと拡張を進めている.」

昨年のメッセージでも書きましたが,超弾性と複合負荷面など弾塑性構成式の精緻化と並んで,不飽和土への新たな展開は,ともにGEOASIAの汎用性を一気に加速させるものになっています.特集号の記事では最後にGEOASIAの解析の精度について以下のように述べています.

「実際の問題では地盤の不均質性に加え,外力としての入力地震波にも不確実性は高く,3次元の力学現象は多くが2次元問題に置き換えざるを得ないのだから,「精度」には自ずと限界もある.数cmあるいは数十cm単位での「量的」な一喜一憂は無駄である.我々が当面目指すものは,…中略… 想定外力に対して地盤には何と何が起きるのか,設計で何か見落としはないか,「質的」な課題を具体に抽出して教えてくれる解析コードではないか.」地震外力などの動的問題での現在の課題を,実に的確に抽出しているのではないでしょうか.

なお10月特集号には,上記の野田教授らの記事以外に,実河川堤防での小高猛司教授と吉川高広会員(GEOASIA Master)による不飽和土の地震応答計算も別記事として載っています.

地盤解析コードGEOASIAの高度化が,以上のように着実に前進しているのは明らかですが, GEOASIA Master の拡大にも変化が現れつつあります.今年度を含むごく最近のGEOASIA Master は5人のうち3人が修士課程修了者から出ています.H25年度修了福永 俊樹君,H26年度修了の加藤 健太君,後藤 敬彦君の3人ですが,それぞれ,地盤-構造物系の地震時相互作用,不飽和土への展開,動的非線形問題の逐次線形近似を通しての「可視化」などで,GEOASIAの高度化に著しい貢献をしました.工学博士の学位取得者に限定されている趣のあったGEOASIA Masterが,少し枠を広げて増えつつあるのは,地盤解析コードGEOASIAの普及の上で嬉しいことです.まだ名大の研究室内部での話しではありますが,新しい地盤力学としてのGEOASIAの教育技術にも,大きな進歩が生まれつつあるのかもしれません.そして,GEOASIA Master第一号である高稲敏浩氏が当研究会の(専任)事務次長に今年3月に就任しましたが,このことはGEOASIAの更なる普及において大きな意味を持つと考えています.近い将来,多くの会員にとってGEOASIAがより身近に使用できるようになることを期待しているところです. 来年は,当研究会の設立10周年の年に当たります.長く懸案の「教科書」出版の準備,地盤解析コードGEOASIAの普及版の公開と販売,GEOASIA研究会の東京事務所開設など,皆様に報告できるように,新しくつぎの一年,また努力していきたいと念じています

最後になりましたが,皆様すでにご存じのように,松尾稔先生がさる5月9日御逝去されました.私の直接の先生ですが,当研究会に所属の多くの先生方の先生でもありました.地盤工学会誌7月号に松尾先生の御逝去を悼む文章が掲載されています.お読みいただき,往時をしのんでいただければ幸甚です.

平成27年8月

(公財)地震予知総合研究振興会副首席主任研究員 名古屋大学名誉教授
一般社団法人GEOASIA研究会
会長 浅岡 顕