令和6年度 会長あいさつ

  会長 浅岡顕

 浅岡は,東工大名誉教授の日下部治先生とは,山口柏樹先生のご縁で,もう45年にも亘る長い交流を続けている.日下部先生は若いころCambridge大学の土質力学研究室で,遠心載荷模型実験のすべてを学ばれてきた.それは,遠心模型実験の原理を支える理論から始まり,意図した圧密履歴を有する再構成模型飽和粘土地盤の作成から,遠心実験中の間隙水圧測定など計測技術全般を含んでいて,今なお「模型実験を伴う地盤基礎工学(Foundation Studies with Physical Modelling)」の日本の牽引者である.浅岡は去年秋に,先生の2022年韓国でのSchofield Lecture “Development and Challenges of Physical Modelling –Japanese Contribution-“ の内容を1年遅れながら,直接先生から聴く機会があった.そして今年4月には,重ねて先生の45年に亘る研究履歴を伺う機会さえあった.そのあとも先生の業績を一人ずっと辿っていて,やがて少なからぬ感懐を持つに至った.日下部先生とは対照的に,自分は実験を離れて弾塑性土質力学とその数値解析だけにいそしんできた.それがいったい何を思い出して,今更そのように言うのか,手短に述べてページを塞ぐことにしたい.
 数値解析と模型実験は互いに補完的な関係にあるなどの言葉を聞くことは多い.しかし地盤工学に限って言えば,両者に協調的関係を見ることは滅多になかった.感懐などというのは,逆に両者はこの4,50年よく似た研究目標のもとで,いつも競争的関係にあったことに,今ようやく,はじめて気付いたからである.
 Cambridge大学で生まれたCam-clay modelは,正規圧密状態(降伏面上)にある,練り返し人工粘土の,負荷時の挙動しか記述しない.この限界を一番よく理解していたCambridge大学の研究者らは,だからCam-clay modelを実際の地盤の弾塑性圧密変形の予測計算に使ったことなど殆どない.Cam-clay model の本質的な限界は,日本では長い間よく理解されないでいた.粘土地盤上の盛土の両脇にありもしない等分布荷重を載せて地盤の圧密変形を計算していた日本の研究者とは,彼の地の研究者はこの点で大いに異なる.Roscoe 亡き後1970年代以降,A.N.Schofieldらが,遠心模型実験に急傾斜していった背景は,このCam-clay modelの限界にあったのだろうと,浅岡は考えている.実際,Cam-clay modelの創始者の一人であるH.B.Poorooshasbの「構成式による計算など信用していないよ」という発言も,A.N.Schofieldの“Geotechnical centrifuge development can correct soil mechanics errors”という言葉も,これを裏付けていないか?
 遠心模型実験によるshallow foundation の安定解析(stability problem)では,日下部先生は上界計算における破壊メカニズムの措定を,実験で得られた崩壊機構の観察と対比するのが,いつもの常であった.地盤工学の数値解析で言えば,飽和地盤の支持力の解析が,上界定理に基礎を置く「水~土連成の剛塑性解析」によって,ようやく実用の域に達したのが1986,7年頃であったのを思うと,きわめてよく似ていて驚く.年代的には数値解析の方が,日下部学位論文を見ても分かるように,長く模型実験の後塵を拝していた.多次元弾塑性圧密の数値解析はもう出来ていたではないか,などと言う人がいるかもしれない.しかしそのお粗末さ(無茶苦茶さ)は前段で述べたとおりで,つまり出鱈目で,とても実際問題の役にたつものではなかった.
 ここでわがTerzaghiの,模型実験者や数値解析者に向けられた恐ろしい言葉を紹介しよう.「純粋な理論からだけで得られた結論や,あるいは実際の地盤の土とは似ても似つかない材料を使った小規模な模型実験だけから得られた結論を,何のためらいもなく,そのまま一般化してしまう馬鹿な研究者」「土質力学の教育指導の主要な目標の一つは,このような何の保証もなしで一般化へ向かう今流行りの安易な傾向を,それは過ちであると止(や)めさせることでなければならない」「小規模な載荷試験の結果と,層状地盤上の大規模な基礎の沈下との間に一意の関係を見出そうとする試みは,全くの無駄で無益なことである」
 これに反撃すべく,自然堆積した(乱されていない)自然地盤の挙動と模型実験との対比が,1988年ごろから遠心載荷実験でも大きな課題として浮かびあがってきた.日下部先生らによる具体の成果は,2001年頃から見ることが出来る.一方弾塑性計算土質力学では,様々な外力シナリオのもと,自然堆積過圧密地盤の速度型運動方程式の積分(有限変形計算)が,ごく普通に実際問題の予測に適用されてくるのが2000年以降であることを思うと,ここでも計算と実験の間には補完的関係どころか競争的関係の姿こそ,まず浮かんでくる.
 粘土で言えば,鋭敏比や土の乱れが,弾塑性土質力学の研究対象に上がってきたのは2000年に入ってからのことで,砂の締固めについても同じである.これらは理論的にすべて解決してしまっているが,地盤工学のごく一般の数値解析では,「砂の締固めが計算できない計算ツールで液状化計算をしている」のが,今なお普通の現状であるのを見ると,理論/Geo Asiaが普及しているなどとはとても言えない.理論,理論というが,「液状化してその後一度圧密で締め固まった砂地盤は再液状化しない!?」という長く続いた誤った常識が,「地盤の再液状化がごく普通にみられるのは,砂の誘導異方性の発達速度が著しく速いから」と理論的に否定されたのは,まだここ数年の話ではないか.複雑な実際現象の解明に向けて,理論や計算は日々進化している.模型実験もきっとこれと同じだろう.だから,「液状化は計算出来て,締固めが計算できない,液状化後の圧密計算にも繋がらない」ような「進化の止まった誤った計算ツール」の流布などは,決して許されるものではないのだ.
 Terzaghiの発言を引いたりして,この文章も過激になってきた.それでもう措くが,最後に近年盛んなV&V(Verification and Validation:検証と妥当性確認)の議論について一言しておく.
 V&Vは,数値解析の信頼性・妥当性を担保するために,機械分野・原子力分野で発達した概念と聞いているが,数値解析結果は,原位置や模型実験の計測結果との「比較」が求められる場面が増えているらしい.これらの比較はもちろん大事であるが,もともと数値解析はその背後に力学的と数学的の二つの理論を抱え持っている.だから,これら理論の妥当性や限界について,厳しい論理的検証こそがV&Vの第1ステップでなければならない.浅岡は,Cam-clay modelを創出しながら「使わなかった」Cambridge大学の研究者らの謙虚さに深く学びたいと思う.
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注1) 日下部先生の回顧録はSoils and Foundations の招待論文シリーズ “A Review of Author’s Own Seminal Contributions” に採録予定と聞いています.皆様には是非とも楽しみにお待ちください.
注2) 実は昔々,1994年頃だったと思いますが,Schofield先生から浅岡に直接何度か電話があって,Cambridgeの遠心装置を買ったらどうかという話でした.自分の娘は日本の富士銀行に勤めているのだけれど,あなたもイギリスのものを買ったらいいよ,という話までされていました.ところが実に偶然なのですが,その遠心装置を作っているフランスの町工場が倒産(bankrupt)してしまって,この話は何となく無事立ち消えになって,ほっとしたことがありました.大谷翔平君じゃああるまいし,2足の草鞋はなかなか履けません.


(公財)地震予知総合研究振興会副首席主任研究員
名古屋大学名誉教授 浅岡 顕