平成23年度 会長あいさつ
3月11日午後2時46分,皆様はどこにいて何をなさっていましたか.私など昔,「海溝型地震は,長周期で,タバコを吸う2分以上も続くらしいぜ・・・」などと学生たちに面白おかしく話していましたが,まさか自身が東京の鉄骨ビルの8階で,5分近くに及ぶ「ゆっさゆっさ,ゆうらゆうら」の揺れを経験するとは思ってもいませんでした.会員の皆様に被災者のいらっしゃらないことを祈っていますが,もしその場合にはどうぞお申し出ください.
この地震を機に,地震学に対する信頼が大きく揺らいでいることは,会員の皆様もご承知の通りです.「30年以内に・・・何%の確率で・・・」という予測方式を進めたとされる学者の一人が,「今回の事態を予測できなかった不明を恥じる」と言われています.しかし,もしこの地震学者の「不明」さえなければ,地震学は今度の地震を予測できたのか?誰でも聞きたいのはこれでしょう.地震が来ることは確実であっても,「地震の予知/予測」はどこまで可能なのか,国民にもっと詳しい説明があってよかったと思います. しかし皆さん,地震学を嗤っていて済む事態では,もちろんありません.我々の地盤力学/工学とそれを支える研究者,技術者も実は相当に危うい.そのことを少し考えたいと思います.浦安市をはじめ,今回関東の北東部で広範に起こった液状化災害を念頭においてください.
被災した市民が一番はじめに思うことは,「どうして私の街に液状化が起こったのか?」という,素朴な科学的疑問です.「誰が悪い」などはこの後に出てくる.被災市民が自己の災害を,仕方ないにせよ,誰のせいにせよ,まずは受け入れて納得する原点は,起こった現象の科学的理解にあります.これは,市民が科学者であろうとなかろうと,人間であるからこその知識要求であって,これに科学ないし力学の言葉で正確に答えることが,いま地盤力学/工学の学者,技術者に一番求められています.ところが実は液状化は,土質力学の教科書の話題(圧密や支持力)から一番遠く,長く土質力学者の間で,共通認識の醸成に著しく欠けていた分野であります.「ゆるい砂の締固め計算がまったくできない大学教授が,長く砂の液状化の専門家であった」といえばわかりやすいでしょう.液状化のメカニズムについて共通の言葉はまだ学会にないとさえ言ってもよいほどのお粗末な学問状況であることを,浦安市民には最初にはっきり伝えておく必要があります.地震予知が難しいのに国民にはこの言葉を使い続けた,その轍を踏んではなりません.専門家にありがちな「液状化について今更,分からないことなど何もない」,「被害は設計基準を守らなかったからにすぎない」という姿勢は,これからはもう市民に受け入れられるものではないことも,あわせて述べておきたいと思います.
浦安市での液状化した土層の下部に厚く堆積する軟弱粘土層の土質調査に,GEOASIA研究会と名大地盤研は自腹の研究費で取り組むことをすでに決めています.その背景には,浦安市での液状化が実は「今までよくわかっていなかった現象」との認識があり,この現象は「細粒分を多く含む土砂の長周期繰り返しせん断によるもので,下部軟弱粘土層の存在が大きく関与する」という理論的予想があります.災害のたびに学会で被害調査がなされてきていますが,この被害調査の活動に「新しい事実の発見,わかっていなかった現象の発掘」を目指す姿勢が,近年とみに薄くなっている,これを懸念していた矢先の取組みで,自画自賛になってはなりませんが,GEOASIA研究会会長としては快挙であると嬉しい限りです.真理を目指すとき「実験が先か,理論が先か?」は,長く名大地盤研の研究を進める旗印でした.再びこの旗を高く掲げ,「中原を目指して駆け抜けて」,地盤力学を一段高みに上げるよう,会員諸氏の奮闘を期待しています.
平成23年8月
(財)地震予知総合研究振興会副首席主任研究員 名古屋大学名誉教授
一般社団法人GEOASIA研究会
会長 浅岡 顕