令和8年度 会長あいさつ

本会会員で中部電力の山田英司さんの論文Elastoplastic finite element simulation of domino fault formation associated with tilting of highly structured ground,骨格構造が発達した地盤の傾斜に伴うドミノ断層形成の弾塑性有限要素シミュレーション(野田,浅岡共著)が今年度地盤工学会論文賞(英文部門)に選ばれました.大変うれしく思っています.本論文は,専用理論ないし専用モデルをそのためだけに作るのではなく,一般的な弾塑性理論と有限変形理論に基づく水~土骨格連成有限変形解析によって,正断層形成過程の本質的な挙動が自然に算出され,これまで地形学や地質学の観点から「解釈」されてきたものが,弾塑性地盤力学に沿う比較的単純な力学過程であることを実証しました.
熊本地震(2016年)のすぐあと,リーデルせん断帯が地下の横ずれ断層によって形成されることは,弾塑性力学に沿う素直な力学過程であることを示した論文が,米欧の地質学会誌から「地質学者が知らない新奇の現象は一つも現れていない」としてrejectされた苦い思い出があります.しかし,もともと「正統派学問」の自負高い地質学に,いつも正面から対峙して考えを続けるときにこそ,地盤力学ならではの「独創」が生まれると考えています.「独創」とは「無から有」を言うのではありません.地震学でもこれは同じ.地盤力学それ自身さえ,東西の「正統派地盤力学」と長く対峙してきて,新しい「最新地盤力学」が生まれてきました.
さて,この話をきっかけに,解析技術に基礎を置く最新地盤力学が,「土構造物の安定性照査」のような本来の地盤工学上の課題の解決にはどう役立っているか?その現状を書こうとしたのですが,これがあまりに難しくて,とても筆者一人の力の及ぶところではないことを実感しました.それを短く綴ってこの稿を埋めます.
最近の道路陥没事故の多さと被害の大きさには驚いてばかりです.
「道路」陥没には大きく二つの種類があります.
ひとつは,道路下を通る下水道と上水道の基幹構造物の経年劣化に起因する道路陥没です.具体名など出したくはありませんが,八潮市での道路陥没ではトラック運転手が車両ごと陥没して,復旧が遅れてしまったことも災いし,もともと大管径(4.75m)の流域下水道管路であったため,最大級の事故になってしまいました.驚く人も多いかもしれませんが管路施設老朽化による陥没は大小合わせると毎年3000~4000件に及び(地震などによるものは些少!),今後10年,20年後には老朽化/劣化はますます増えるのは必定で,これは日本だけでなく欧米でも全く同じ状況だそうです.有効な手立てはまだ見つかっていなくて,陥没は起こってから直す,こればかりになってはまずい.
もう一つのタイプの道路陥没は,言うまでもなく,新設地下構造物建設に伴う陥没事故です.福岡駅前の地下鉄延伸建設工事の事故,あるいは相鉄・東急直通線での道路陥没など,これも少なくありません.さてなぜ「道路」陥没と言うのか?それは道路の下しか地下利用が難しいことに起因します.
しかしここにきていわゆる「大深度法(2000年)」が出てきた.品川から出発する「リニア新幹線」の円滑な建設のために制定されたと聞いたこともあります.40m以上と深くて,近くに既存構造物の基礎などがない時には,その地下に地上の土地所有者の権利は及ばず,公共目的の地下構造物建設に,無償で利用できることになりました.この大深度法の適用を受けた建設工事の大規模地上陥没では,東京外環道トンネル(泥土圧シールド工法)の陥没(2020年10月)がよく知られています.私は一人で見物に出かけましたが立ち入りは難しかった.①未固結洪積層の出現,②直径12mを超えて大規模化するシールド径と泥土圧シールドの廃土機構の不完全さ,③建設費低減のための,ベントナイトその他に変わる気包材の使用などが,事故の直接的な原因でしょうが,そのほかにも思わぬ原因が隠れているかもしれません.さらに,もし仮に完成していたとしても,周辺地下水の将来の流況変化などは殆ど考えられていなかったでしょう.
この現場の工事再開のニュースはまだ聞いていませんが,①と②だけを考えても超大規模シールド技術は,未だ十分成熟しているとは言い難いと思われます.繰り返しになりますが,トンネル径が大きくなると切羽面積はその2乗で大きくなり,ジャッキの推進力不足さえ懸念されてくる.50馬力の自動車より100馬力の自動車のほうが,安全運転にもむく.二百数十万年前からの第4紀洪積層などは,日本では身近にありながら,地盤力学では世界でもまだチャレンジできていない対象です.「未固結をどう表すのか」や「沖積層とは比べるべくもない甚だしい地盤の不均質性への対応」はまだ措いても,切羽前面の地山密度の確定さえ,その確かな方法は未だ考え付かれていない.これでは土量バランスが最優先の「地山を緩ませないシールドトンネル」などは,とても難しくなる.
もう大昔,1970年頃のことですが,東京の地下には,ほかの欧米大都市には見られない洪積層が連続して存在している.地上が混雑してきても,この洪積層は岩盤とは異なり「地下空間利用がたやすくできる大きな財産」で,だから,東京のさらなる発展がもたらされる.記憶があいまいで,今すぐ出典を上げられませんが,新幹線が出来たばかりの高度成長の前,「一極集中」の言葉さえなかった頃の,これは夢物語です.書かれた人はどこか東京の大学の土木の先生でしたが,私は悪い意味でなく素直に驚いたことがあります.しかしわずか50年足らずで,対照的になった今の日本を見ていて,土木技術者や地盤工学者には技術の探求心に加えて,謙虚な姿勢も同じように大事だと,強く思いました.
(公財)地震予知総合研究振興会副首席主任研究員
名古屋大学名誉教授 浅岡 顕
